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「キリングフィールド」

名前からして恐ろしい場所です。

地名はチュンエク。




何故こんな町の外れの田舎が世にも恐ろしい名前を冠しているかというと、ここはポルポト政権時、処刑場として沢山の囚人が殺され、埋葬された土地であったからだそうです。



そのような処刑場は国内に300あまりあるそうですが、ここチュンエクが最大規模で、現在ではポルポト時代に殺された罪なき人々の慰霊の中心地として、慰霊塔が建てられています。
個人的には、ここと、次に行ったトゥールスレン拘置所が、カンボジアでの一番の思い出になるだろうと思いました。



6ドルで、入場料と日本語の音声ガイド付きでした。この音声ガイドがかなり良く出来ていました。ゆっくりガイドを聞きながら回ると2時間ほどかかりました。
おかげで、ポルポト時代というものが良く分かり、カンボジアで起こった残虐な歴史を知ることができました。



1979年のポルポト率いるクメールルルージュ政権が失脚するまでに、国民の4分の1以上が殺されたそうです。
ここチュンエクでも記録されているだけで1万人以上、推定2万人が無残にも殺害されて埋葬されたということです。



この旅一番の衝撃でした。何も知らなければ、単に静かな田畑だと思ってしまうところです。子どもを打ちつけた木もそうですが、「マジックツリー」という、スピーカーを吊るして音楽を流した木が特に印象的です。発電機の音と人々の叫び声をかき消すために音楽を流したのだとか。何というか、現実味があって、人間の嫌な知恵に鳥肌が立ちました。



慰霊塔も圧巻です。僕の貧者な想像力では追いつけず、何となく現実のもの(つまり本物の人骨)と思えないところもありました。



カンボジアと言えばアンコールワットが有名ですが、こちらも歴史の一部であり、ぜひ訪れてほしい場所です。



ポルポトが目指したのは、古き良き社会、農民が社会的地位を築く社会です。そのために都市部に住む人々や、知識人を拘束して拷問し、嘘の自白をさせて罪に問い殺害しました。1人が罪を認めると家族全員が処刑されたそうです。そうして膨れ上がった数300万人。メガネをしているだけでインテリだとして連れていかれたそうですから、もう狂気的です。



現在では調査のため掘り返されて、あちこちに穴があるだけの土地は、以前は中国人の墓地だったといいます。敷地内にはそうした被害者が埋められていた穴や、被害者の装飾品、骨などをみることが出来ます。母親から取り上げた乳児を打ち付けて殺した木や、穴にむき出しになっている骨や衣服もあります。



アンコールワット見てる場合じゃねえ!心に残る体験でした。




*この記事は、旅ブログ『アジアしあわせ特急』キリング・フィールドの慰霊塔に圧倒される の下書きです。
2017年9月27日 初回投稿
2018年3月08日 一部修正